盛者必衰の理を・・・
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれるものは久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。盛き者(たけきもの)もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。」(平家物語【第1巻・祇園精舎より】)
4月末のクライスラーに続き、GM(ゼネラル・モーターズ)も米国破産法の申請となった。昨年来の金融系大企業の破綻に続き、米国の屋台骨であった自動車産業の巨像が倒れてゆくのを見ることになった。
これから、再建に向けて茨の道を歩むことになるだろうが、とどのつまり自業自得ではないか。「大きいことはいいことだ」とガソリンを撒き散らして走るような大パワー大型車をつくり続けた。米国人の体格や道路事情を考えれば、ある部分は仕方ない。しかしそれを世界のスタンダードとして通し続けたのではなかったか。市場を日本車に席巻されつつあるとき、ユーザーが何を求めているのかに、しっかり向き合って企業努力を行ったのか。「おごれるものは久しからず」、ユーザーがちゃんと答えを出してくれていた。
メーカーでもサービス業でも何でも、誰に向けて何を提供してゆくのかを見極めていかなくてはならない。さらにその提供で利便性とか喜びを得てもらわなくてはならない。いま行っていることが順調でも、この先ユーザーニーズや環境が変化することもある。企業は好調をおごらずに、変わる努力を怠ってはならないのだ。
そういえば、数年前の日産自動車のCMで「変わらなきゃ」っていってたのはイチローだった。今年はオバマ大統領が「change」って言っている。イチローはちょっと見ただけでは分からないが、毎年、打撃フォームは変化している。年齢とともに衰える身体能力を補うための、さまざまなケアも怠らない。その努力がいまを作っているのだ。「変わらなきゃ」の実践だ。「change」がどう出るのかまだ分からないが、日本だって、我々だって「おごれるもの」の轍を踏まないようにしなくては。
最後に、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、すみかとまたかくのごとし。」(方丈記【ゆく河の流れ】より)
【ごくう】でした。



