
日本でも小売店や駅などでよく見かけるデジタルサイネージ(電子看板)。従来のいわゆる看板とは異なり、液晶ディスプレイやLEDディスプレイにリアルタイムで映像コンテンツが配信されるなど、看板の次世代型の利用方法として注目されています。このような新たな媒体の普及にともない、クリエイティブはどう変化するのでしょうか。デジタルサイネージ・テクノロジーの最先端をいく、シリコンバレーのソフトウェア会社「Sophatar」CEOのBart DeCanne氏に話を伺いました。
■AIでデジタルサイネージが進化
Sophatarは”contextual signage”を製作するソフトウェア会社です。
”contextual signage”とは、消費者に合わせて、カスタマイズされた情報を表示するサイネージのこと。
例えば、大衆向けに印刷された紙の広告では、消費者は自分で必要な情報を探さなくてはなりません。contextual signageではAI(人工知能)を使用し、消費者が必要としている情報、もしくは興味があると予想される情報を判断し、消費者に提示することができます。
「Sophatarの開発するcontextual signageは、モニターさえあれば、特別に新たなハードウェアを導入する必要はありません。多くの店舗がテレビやコンピューターのスクリーンを店頭に置きながら、単なるビデオモニターとしてしか利用していない。ビジネスオーナーたちは既存のモニターを、もっと活用できる方法を探しています」
とDeCanne氏は語ります。
Sophatarのクライアント企業の1社である食料品チェーン店では、店舗在庫を常にシステムで把握しており、推奨品を選んでデジタルサイネージに表示します。内容は自動的にアップデートされ、モバイルパス(スマートフォンの画面で表示されるパスポート)やソーシャルメディアを通して毎週特売品を宣伝することも可能です。
また、スポーツ用品店などでは、フットボールシーズンにはNFLジャージー、バスケットボールシーズンにはNBAジャージーをといった具合で、季節によりデジタルサイネージに表示されるプロモーション商品を自動的に変えることができます。
日本のレシートプリンター会社、Star Micronics(スター精密株式会社)もSophatarのビジネスパートナーの1社です。
レジで集めた商品購入データを読み取り、次回の買い物のための推奨品やクーポンをダウンロードするためのQRコードを、カスタマイズしてレシートに印刷することができます。
「デジタルサイネージはいたるところにありますが、単なる電子看板にとどめず、より個人にフィットしたコンテンツを製作することが今後の課題です。Sophatarのソフトウェアを使用すれば、消費者のスマートフォンとデジタルサイネージをリンクし、店内の客数およびその客層を常に把握できるようなシステムを構築できます。
また、AIを活用し、顧客の個人情報からカスタマイズされたコンテンツをリアルタイムで生成し、デジタルサイネージに表示することもできます」(DeCanne氏)
■デジタルサイネージの参入可能なマーケット数は100億とも
オンラインではWebブラウザ内に蓄積される一種の来歴情報「cookie」が閲覧履歴をトラックし、自分が興味を示した分野、検索した商品の広告が、どのサイトに行っても表示されるといったことは一般的に行われています。
技術が進み、デジタルサイネージに関しても、上記と似たような体験を実際の店舗で再現することが可能になってきています。
もう15年も前の作品ですが、2002年に制作されたトム•クルーズ主演映画、「マイノリティレポート」をご覧になった方は想像しやすいかもしれません。2054年のワシントンDCが舞台。店へ入れば、網膜スキャナーにより客のアイデンティティーを読み取り、「こんにちは、ヤクモトさん。前回購入されたタンクトップの着心地はいかがでしたか?」とバーチャルリアリティーの店員が個人名で声をかけてきます。
※参考
映画「マイノリティレポート」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88
※映画「マイノリティレポート」の広告シーン
Sophatarのソフトウェアは、一昔前は考えられなかったこのような世界を一気に現実に近づける重要な役割を担っています。
それでは、映画のような網膜スキャナーがまだ一般的ではない現在、さらにはcookieによって閲覧履歴をトラックできないWebの外の世界にいる個人を特定するにはどうしたらよいのでしょうか。
「IoT (モノのインターネット)connectivityの技術を使用します。IoT connectivityとはメディアプレーヤーと他の機器をつなぐことを指します。他の機器とは、スマートフォンの位置情報やモバイルウォレット、セキュリティーカメラを使用したセンサー、ブルートゥースビーコンなどのテクノロジーが挙げられます」(DeCanne氏)
DeCanne氏の調査によると、オンラインで買い物をする人の数は常に増加しているものの、いまだに全世界の85パーセント以上の売り上げは現在も実際の店舗で発生するというデータがあるそう。しかし、実際に店舗に足を運び、買い物をする客の間でも、その購買スタイルに変化が起きつつあるようです。
DeCanne氏はこう続けます。
「これはアメリカ国内でのデータになりますが、店で買い物をする客のうち、84パーセントが買い物中に携帯電話などのデバイスを使用して他店舗と値段を比べ、53パーセントがオンラインでクーポンを探します。このような背景をもとに、デジタルサイネージの需要は急激に増えています。参入可能なマーケット数は100億に及ぶと考えられています」
■テクノロジーの変化によりデザイナーの仕事はどうなるか
(これからデザイナーに求められる能力について説明するDeCanne氏)
このように消費者との接点を担う媒体がテクノロジーの進化によって変化を遂げるようになった今、もちろんデザイナーの仕事も変わってきます。
「広告代理店やクリエイティブエージェンシーはマインドセットを変えなくてはいけません。頻繁にデザインをアップデートするのではなく、HTMLやjavascriptで製作されたコンテンツをディスプレイするためのテンプレートをデザインし、中身のコンテンツは各顧客に合わせて生成されるようになるでしょう。
ホームページ等のコンテンツをデータベースに登録し、閲覧者のアクセスの都度、データベースから適切なコンテンツ情報を取り出してブラウザに表示させるシステム=CMS(コンテントマネジメントシステム)のような役割や考え方が前提となったうえでの仕事が求められることが増えてくると想像されます」(DeCanne氏)
では、具体的にはどのようなマインドセットの変化がデザイナーに求められているのでしょう?
後編へ続きます。