毎日約140万人以上が利用するニューヨークの地下鉄。最近ではみなスマホに夢中で下を向いてばかりいますが、実は顔を上げるとそこらじゅうに嗜好を凝らしたユニークな広告が目に飛び込んできます。そんなある日の夕方、マンハッタンのユニオンスクエア(14丁目)駅で、思わず振り返ってしまった広告がありました。それは、ニューヨークの下着ブランド「THINX」の広告。今回はニューヨークで活躍するデザイナーの二人に広告デザインの観点からの解説と共に、ニューヨークの地下鉄で話題になったある戦略についてもお伝えします。
目次
■あの日の憂鬱を和らげる。あるようでなかった新商品
黒髪の女性が黒いパンツを履いて、無表情で大きな白い四角いボックスに座っています。これはニューヨークの生理用の下着ブランド「THINX」の広告で今年5月から始まった話題の地下鉄広告キャンペーンです。
実はこれ単なる下着ではありません。
生理中の血を下着自体が吸収し、ナプキンやタンポンが全くいらず一日中さらさらな状態を保てるという、女性の生理中の憂鬱に改革を起こした商品です。2014年に発売以来メディア等で話題になり、ネットショップでは在庫切れが続いているという人気ぶりのヒット商品です。
■まるでファッション誌をみているよう?!デザイナーからみる広告の特徴とは?
みんなが待ちに待っていたこの画期的な商品、成功の秘密は広告のインパクトも起因しているようです。
そこで、ニューヨークで活躍するThe Creative Gym創業者であり、デザイン戦略家である梅原崇央さんとアートディレクター兼グラフィックデザイナーとしてデジタルプロダクト開発に携わる渡辺純子さんからこの広告のポイントについて解説していただきました。
まず、この広告で最初に注目するのは「フラットデザイン」。
デジタルアプリのデザインで大流行しているデザインスタイルで、みなさんもご覧になったことがあるのではないでしょうか?これは今までアイコンなどで使われてきた表面の質感や奥行きを細部まで描写する「スキュアモーフィックデザイン(Skeuomorphic Design)」の反義語で、非常に平坦な見た目のデザインを指します。Windows10やApple、Googleなどのインターフェースが後押しして、世界的に採用されたデザインです。ユーザーインターフェイスで使われていた質感がこういった紙の広告にも広がってきているのですね。
また、「生理=恥ずかしいもの」という既成概念を破り、ファッション雑誌のようなセンスのあるシンプルなアートディレクションで一目を惹くデザインも特徴です。
このモダンなデザインとバランスよく融合されているのが、アップビートなコピー。
PERIOD PROOF UNDERWEAR(生理に耐えられる下着)の中に挟まれているコピーは、『今夜会うデート相手のシーツを汚さないようにしないと』というような生理中の正直な気持ちが綴られています。
また、ブランディングの面から見ても、ウェブサイトのデザインと広告のデザインを一環させていてその色使いだけでその商品を連想させるのも、最近の広告戦略の定番。ここまで一貫性をもたせると、実店舗やアプリなどでも一貫性を出しやすく、ブランド認知度は飛躍的に上がります。
THINXサイト:http://www.shethinx.com/
さらに、キャンペーンの一環としてこの下着の特徴を映し出した映像も作成したのですが、通常、生理のコマーシャルでは血液を青の液体で表現するのがアメリカでも一般的であるのに対し、このビデオでは献血のような血液バッグを吊るし、実際に体から流れるスピードで下着に投入するという、デザインとは正反対のリアルさを追い求める手法をとっています。
映像:https://www.youtube.com/watch?v=c9z2IxJV1lA
■ニューヨーク地下鉄広告初のモデルとは?
さて、みなさんよくこの広告を見てください。
生理下着の広告に男性!?
実はこの広告のモデルは、トランスジェンダーといわれる男性に性転換したSawyer DeVuystさん。
男性になろうと思いホルモン投薬をするまでは、格好は男でも、生理になるたびに、パンツを何重にも履いていつ漏れないかと心配していたそう。トランスジェンダーコミュニティ内でもタブーとされ、一人ひとりがそれぞれ悩んでいたと自身の体験を語るSawyerさんの姿がTHINXのYouTubeにアップされています。
映像:https://www.youtube.com/watch?v=XRrJvHuCNQY
実は、この広告の制作に至るまでにもドラマがありました。
この一つ前のTHINX広告キャンペーンのタグラインは『For Woman With Periods(生理のある女性のために)』だったのですが、トランスジェンダーコミュニティからの苦情を受け、これが広告のモデルが着用しているユニセックスのボーイショーツのデザインのきっかけになったのだそう。
そして、そのアイデアは更に発展し、マーケティング戦略にも多大な影響を及ぼし現在のキャンペーンに至ったのです。
THINXのCEOで日本人のハーフでもあるMiki Agrawalさんは、「トランスジェンダーコミュニティーをもっと知ってもらう、一般の人に教育することも会社のミッションだ」と語っています。
更にこの広告のタイミングは、6月よりニューヨーク市が始めた大々的なトランスジェンダーの権利を擁護するキャンペーンとシンクロし相乗効果を生み出しています。
『Think Past Pink and Blue – Use the restroom consistent with who you are(ピンクやブルーという考え方から抜けだして、自己認識する性でトイレを使ってください)』というメッセージを出しています。
参考:http://www1.nyc.gov/office-of-the-mayor/news/508-16/mayor-de-blasio-launches-first-ever-citywide-ad-campaign-affirming-right-use-bathrooms
これにより、男性の体で生まれたものの女性だと自認している「トランスジェンダー」の人は、女性用トイレを使うこと(その逆のパターンも含め)が権利として守られるようになりました。
センスのあるニューヨーカーの話題となったこの広告のヒットの裏側には、「デジタルから移行してきたアートデザイン」、「リアルさを追い求める映像の使用」、そして「時代の流れに乗った話題モデルの使用」という3つの材料がうまく融合された結果と言えるでしょう。